人生の目的を知り人間関係を学ぶ

人生の目的を知り、その目的に至るまでの生活や人々との関わり方について、学ぶ事が出来る。

神様の存在

偶然と思われる出来ごとでも、実は偶然ではない

投稿日:2018年2月14日 更新日:

神聖な計らい

(ロナルド・A・ラズバンドの話参照)

おそらく、大抵の人は一度や二度位は、経験したことがあると思います。

会う筈のない所で、会う筈のない人と偶然に出会った、という経験です。または何年も会っていない、自分の知ってる人の事を考えていたら、偶然に駅でバッタリ出会ったとか、という事

その他、偶然的な事態があったとき、私達はこうした巡り合わせを「偶然の一致」と呼ぶことがあります。

この言葉を人間に使うのは理解できます。しかし「偶然の一致」というものは、実は無いのです。

すべてこれらは、神様の「神聖な計らい」によって、物事が行われるのです。

人生は、チェス盤のようなもので、神は私達をある場所から別の場所に動かされるのです。

私達の人生を振り返ってみた時、そこに神の御手があったことに気付くと思います。

福音においても、地上における神の王国の発展を、推し進める重大な出来事がおこります。その様な出来事は偶然ではなく、神の計画によって起こります。

世の中に偶然はありません

同様に地上で、神の御業を推し進めるさまさざな出来事が、私達の生活の中に起こります。

そして、何か出来事があるとすれば、それは偶然ではありません。

いつの日か私達の人生で、偶然の一致のように思えるような、出来ごとについて振り返ってみれば、結局それは 偶然の一致ではなかった、ということにきずくでしょう。この世に偶然はありません。

 

私達の善い行いが、人に知られることは殆どありません。けれどすべての善い行いが、天に記録されています。

イエスは、こう教えておられます「わたしは、父(神)の御心を行うために世に来た」と。

私達も、御父の御心を行うために世にきたのです。ですからイエスは、御父の業を行うために、私達を 一見チェス盤のようなものの上で、動かされます。ですからそれが偶然のように思われても、実は愛にあふれる天の御父から見守られているのです。

私達はそうした様々な出来事や、機会を通して備えられ、自分の家族や周囲の人々を励まし、地上における神の王国を築くことができるのです。

一つの家族の話しとして

神は私達を愛ある両親のいる家庭に、送ってくださいました。そして彼らは、まったく普通の人達です。

例えば、その家族の献身的な夫は、トラックの運転手で、優しい妻は専業主婦で、そういう両親から生まれた長男は、父親の親友の 紹介の縁で、大手の会社に就職する機会を得る事ができました。そして長男はまともに働いて、世の人々に奉仕をするようになりました。

と、この様な変化は 自分で計画して調整したのではなく、神がなさったという事がわかります。

人は自分の生活で、何を見出すべきでしょうか、自分にとって神が近くにおられ、『わたしはここにいる』とおしゃっているのを、感じさせる奇跡は何でしょうか。

神が自分の人生に働きかけられた、と思うそのような時の事を、思い出して見てください。不思議な事がなかったでしょうか。

天の御父は、明確な目的があって私達を様々な状況に置かれます。

わたしたち一人一人は貴く、神に愛される存在です。神は私達一人一人を独特な方法で気遣い、囁きかけ、見守っておられます。

神は人よりもはるかに賢く、大きな力をおもちです。私達の試練と成功、そして義にかなった私達の 心の望みを知っておられます。

偶然ではない

天の御父は、わたしたち一人一人を御存じで、ある目的があって互いの歩む道で、出会うことが出来るように いつも手配してくださいます。

誰でも神の御霊を感じ、自分が感じた最初の促しに従って、行動するということは、偶然ではありません。

誰の人生でも似たようなことが起こります。親しみを感じる人に会ったり、新たな友人ができたり、見知らぬ人に共通点を見いだしたりすることがあります。

その様な時おそらく神は、私達がまさに皆 兄弟姉妹であると言うことを思い起こさせておられでしよう。私達は実に同じ大義、すなわち「キリストの大義」に携わっているのです。

同じ様に神は私達一人一人に、実行して変わる力があることを御存じです。

義にかない、熱心で、能力があるとき、ふさわしく資質ある者になろうと、努力しているとき私達は、想像を絶する様な飛躍を遂げ、天の御父の「神聖な計らい」にあずかります。

 

神の御手がわたし達を導いています。「神聖な計らい」により、神の影響は誰もが経験する大きな出来事だけでなく、生活の細部にまで及んでいます。

聖書の「箴言」にこう記されています。「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識に頼ってはならない、すべての道で主を認めよ」(箴言2:5-6)

 







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ようこそ 私は管理人の齋藤正子です。

新潟県出身  高校卒業まで新潟で過ごす。

「末日聖徒イエス・キリスト教会」会員。

教育者の家庭に生まれ育ち、7歳で母親を亡くし、後信仰深い祖母に育てられたが、10歳の時父が再婚し、その義母に姉妹差別で育てられた事に悩んだ。 大学を卒業した後、様々な人々と関わり 「人生とは何か」に、疑問を持っていたある日「末日聖徒イエス・キリスト教会」の宣教師に出会い、「救いの計画」について聞く事ができた。

そして人生の目的や人々との関わり等について、また人と神の関係について学んだ。

私と同じ疑問を持っている方、又人々との関係を良いものにしたいと思う時に、参考になればと思い聖典等を参考にして書いています