人生の目的を知り人間関係を学ぶ

人生の目的を知り、その目的に至るまでの生活や人々との関わり方について、学ぶ事が出来る。

選択の自由

世の中には反対のものが必要である

投稿日:2018年4月5日 更新日:

わたしたちは選択することによって進歩します

(ダリン・H・オークスの話し参照)

イエス・キリストの福音の中心を成すのは、神がその子供達(人間)の永遠の進歩のために定められた「救いの計画」です。

その計画は死すべき世で直面する 多くの事を理解する助けになります。

私達は選択する事によって進歩します。選択することによって、神の戒めを守る事を示すかどうかを試されるのです。

試されるには、選択肢の中から選ぶという選択の自由が必要です。選択の自由を行使する際の選択肢を備えるには、反対のものがなければならないのです。

選択を誤ると(人に誤りはつきものですが)私達は罪によって汚れてしまい、永遠の行く末に向かって進むために、清めが必要となります。

清めの方法は、神の計画に用意されていて、正義の永遠の要求を満たします。それは救い主が私達を罪から贖うために、代価を払ってくださるのです。その救い主こそ「神の独り子イエス・キリスト」です。

すべての事物には反対のものがなければならない

反対のものが果たす計画された役割を説明すると、モルモン書の中に、リーハイが息子のヤコブに説いた教えです。

「すべての事物には、反対のものがなければならない。もし反対のものがなければ義は生じないし、邪悪も聖さも、惨めな状態も、善も悪も生じ得ない」

そのために「主なる神は、思いのままに行動することを人にゆるされた。しかし人は、一方的に誘われるか 他の方に誘われるかでなければ、思いのままに行動する事はできなかった」

同時に、現代の啓示でも主は次のように宣言しておられます。

「悪魔が人の子らを誘惑するのは必要である。そうでなければ人の子らは自ら選択し、行動する者とはなれない」

エデンの園でも反対のものが必要でした。もし、アダムとエバが死すべき状態を生じさせる選択をしなかったら、「罪を知らないので善も行なわず、罪のない状態にとどまっていたであろう」とリーハイは教えています。

初めから選択の自由と、反対のものは神の計画と、その計画に対するサタンの謀叛の中核を成すものでした。

サタンは、「人の選択の自由」を損おうとしました。

サタンの目的は、神の誉れと力を自らが得ることでした。

神は言われました、「サタンはわたしに背いたので、わたしは彼を天上から投げ落した。またサタンに従う霊も共に投げ落した。」

それらの者たちは肉体を持たない霊として、投げ落とされたので、投げ落とされたサタンと、それに従う霊達は神の子供達を誘惑し、欺き、虜にしょうとします。

死すべき世において、反対のものを経験しなければ幸福も不幸もなく、すべての事物は混じり合って一つとならざるを得ません。

リーハイは続けて言いました。それであるから、「人の行く末にかかわる永遠の目的を達するために」神がすべての事物を創造された後、「反対のものが備えられなくてはならなかった。すなわち、禁断の実に対しては命の木というようであって、一方は甘く、他方は苦かった」

救いの計画のこの部分についての、リーハイの教えは次の言葉で終わっています。

「見よすべての事物は、万事をご存知である神の知恵によって行われてきた。 アダムが堕落したのは、人が存在するためであり、人が存在するのは、喜びを得るためである」

死すべき世で直面する 困難な状況という形で現れる反対のものは、死すべき世において私たちの成長を、促すという計画の一部でもあるのです。

この世での試し

わたしたちは皆、さまざまな形で現れる反対のものによって、試されます。このような試しの中には罪への誘惑も含まれます。

また、個人の罪とは関係のない死すべき世の、試練も含まれます。きわめて大きなものもあれば、些細なものもあります。

ずっと続くものもあれば、一時的なものもあります。誰も免れることはできません。反対のものは私達を成長させ、神が望んでおられるような人物へと近ずけてくれます。

わたしたちは誰でも、病気、障害、死など、個人の罪によらない死すべき世の反対のものをよく知っています。

皆さんの中には、苦しみのあまり泣き叫んだことのある人が、いるかも知れません。どんな試練であれ、天の御父がなぜ あなたにこのような経験をさせるままにして、おかれるのだろうと思うかも知れません。

しかし死すべき世は、楽な常に心地よいものとなるように、用意された訳ではないのです。

天の御父は、わたし達が困難な試練や、つらい悲しみ、難しい選択を、経験することで学び、成長し、精錬されることを御存じです。

人は皆、愛する家族を失った暗い日々や、病気になった苦しい時期、そして愛する人が離れていったように思えるときに、見捨てられた悲しみを経験します。

このような試練は全て、わたし達の耐え忍ぶ力を真に試すものです。

誘惑されること

誘惑という反対のものについて、モルモン書には、悪魔が終りの時に用いる3つの方法が記されています。

第1に、「悪魔は人の子らの心の中で、荒れ狂い、人の子らをそそのかして善いことに対して怒らせます」

第2に、「教会員をなだめ、彼らを欺いて現世での安全を確信させるので、彼らは「シオンは栄えておりすべてが良い」といいます。」

第3に、悪魔は「『地獄は無い』と告げ、『悪魔はいないので、わたしは悪魔ではない』したがって善も悪もない、と言います。」

このようにサタンは敵対する力を強め、そのためにわたし達は、すべての事物に対して反対のものを、受け続けるでしょう。

このように反対のものがあるために、わたし達はのんきに暮らすことのないように、警告されています。

神が他の人を助けるために、誰かに干渉することによって、人の自由を侵害されることはほとんどありません。

しかし神は、わたし達の苦難の重荷を軽くし、それに耐える力を与えてくださいます。

神は全ての災害を防ぐことは、なさいませんが、わたし達の祈りにこたえて惨事を遠ざけてくださいます。

死すべき世のあらゆる反対のものについて、神はわたし達の苦難を聖別して、わたし達の益としてくださる、と保証しておられます。

 







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新潟県出身  高校卒業まで新潟で過ごす。

「末日聖徒イエス・キリスト教会」会員。

教育者の家庭に生まれ育ち、7歳で母親を亡くし、後信仰深い祖母に育てられたが、10歳の時父が再婚し、その義母に姉妹差別で育てられた事に悩んだ。 大学を卒業した後、様々な人々と関わり 「人生とは何か」に、疑問を持っていたある日「末日聖徒イエス・キリスト教会」の宣教師に出会い、「救いの計画」について聞く事ができた。

そして人生の目的や人々との関わり等について、また人と神の関係について学んだ。

私と同じ疑問を持っている方、又人々との関係を良いものにしたいと思う時に、参考になればと思い聖典等を参考にして書いています