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神様の存在

「忘れな草」の花の名前の由来とそれに因んで女性に望む事柄

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デイター・F・ウークトドルフの話しから参照

忘れな草の花の名前の由来

少し前のことですが、私は妻と娘と共に美しい庭を歩いていました。神が創造されたものの栄光と、美しさに目を見張りました。

ふと、美しく咲き誇る花の中に とても小さな花があることに気がつきました。その花の名前を私は知っています「忘れな草」です。子供の頃からその花に特別な思いを抱いていました。

その理由はよく分りませんが、この小さな花はすぐに人眼を引く事もなく、大きく華やかな花の陰で容易に見落とされてしまいます。でも、抜ける様な青空と同じ色をしたこの花は、どの花にも負けず美しいのです。

その他に私がその花を好きな理由は、もう一つあります。

それは、この花の名前の中に 心から離れない「訴え」があるからです。つまり、その花の名前の由来です。

ドイツにこんな言い伝えがあります。 神がすべての植物に名前を付け終えたとき、まだ、名前を付けられていない花が一つありました。「主よ、わたしを忘れないでください」という、小さな声が聞こえ、神はその訴えを、そのままその花の名前にしました。それが「忘れな草」です。(花言葉も私を忘れないでです)

この小さな 忘れな草の5つの花弁は、決して忘れるべきでない5つの事柄について、深く考えるように促してくれます。

一つは、自分に忍耐する事を忘れないでください

まず、正しく理解していただきたい事は、人は誰も完全ではない事を神は十分に御存じです。たとえば誰もが「あの人は完全だ」と思っている人でも完全ではない事を神は知っています。

それなのに私達は、とても多くの時間とエネルギーを使って、人と自分を、特に人の長所と自分の短所を比べてしまいます。

そうしているうちに、叶う筈のない望みを抱く様になります。そしてついに自分の努力を決して褒めなくなります。なぜなら、いくら努力しても他の誰かには、叶わないと感じるからです。

誰にでも長所と短所があります。長所があるという事はすばらしい事です。そして短所があるということは、この世では避ける事の出来ない経験です。

神は結局は、全ての短所が長所になる様に導こうとしておられますが、それには時間がかかる事を御存じです。

神は私達が完全になるように望んでおられます。が、今完全でなくてもいいのです。努力を続けて下さい。でも自分に辛く当たるのは止めましょう。

女性の皆さんの多くは、人の弱さに対して限りない思いやりと、忍耐をもっています。どうか自分に対しても思いやりと忍耐を持つ事を忘れないでください。

まずは、家庭や家族関係、勉強、仕事、社会への参加、個人の成長といった事柄で、何か小さな成功があったらその全てに感謝してください。

このような成功は、忘れな草のように自分には小さな事のように思え、気づいてくれる人もいないかも知れませんが、神様は御存じです。神にとっては小さな事ではありません。完璧なまでに美しい薔薇や、華やかな蘭だけが成功だと考えている人は、人生で最も素晴らしい経験を逃してしまうかもしれません。

完成への道は長いものですが、その旅路のほんの小さな歩みの中に驚きや喜びを見出すことができるのです。

2番目は、良い犠牲と愚かな犠牲は違う事です

受け入れられる犠牲とは、「良いものを、はるかに価値あるもののために、諦める」ことです。

たとえば、睡眠時間を少し削って、怖い夢にうなされている子供の不安を和らげてやるのは、良い犠牲です。しかし、一睡もせずに自分の健康を脅かしてまで、娘の日曜日の服に合わせてアクセサリーを作るのは、あまり良い犠牲ではないかも知れません。

授業の研究や、レッスンの準備に、ある程度の時間を捧げるのは、良い犠牲です。でも、クラス全員に手作りの鍋掴みを配ろうとして、何時間もかけて名前の刺しゅうをするのは、良い犠牲とは言えないかも知れません。

個性も状況も一人一人異なっています。同じ事をしてもある場合には良い犠牲となり、別の場合には愚かな犠牲となります。

その違いを自分の状況で判断するには、どうすればよいでしょうか、「自分は一番大切な事に時間と、エネルギーを使っているだろうか?」と自問してみてください。

良い事はたくさんありますが、全てをする事は出来ません。はるかに良いものの為に、良いものを犠牲にする事が良い事です。

時にこれは、豪華な花々の大庭園ではなく、小さいながらも美しく咲く、忘れな草を育てる事を意味するかも知れません。

3番めは、今幸せでいることを忘れないでください

「チョコレート工場の秘密」という人気の高い童話があります。

チョコレート工場の奇妙な工場長、ウイリー・ウオンカが、5つのチョコレートに金色のチケットを入れます。それを引き当てた人には、チョコレート工場の見学とチョコレートをプレゼントする。と発表します。

金色のチケットにはこんな言葉が書かれています。「この金色のチケットを手にした幸運なあなたには、すばらしい事が待っています。あなたは喜び、驚き、戸惑うでしょう」

この有名な物語では、世界中の人が金色のチケットを必死に求めます。

未来の幸せは、全て金色のチケットが手に入るかどうかにかかっている、と感じる人もいます。不安にかられ、かつてチョコレートを食べて味わった単純な喜びを忘れはじめます。

義にかなった望みを持つ事は決して悪いことではありません。

問題なのは、金色のチケットのように、何かが起こるのを待つうちに、今の幸せを逃してしまうことです。

 

ある女性の願いは、義にかなった結婚をして、母となり妻となることを、何よりも願っていました。そうなる事を子供の頃からずっと夢見てきました。

自分はどんなに素晴らしい母親、愛くるしい妻になるだろうか、彼女の夢の家庭には、愛と優しさが満ちています。それがこの女性の金色のチケットでした。彼女にとって、自分の存在自体が、それだけにかかっています。それこそが世界中の何よりも欲しくてたまりませんでした。金色のチケットが欲しかったのです。

しかし、それは実現しませんでした。そして時がたつに連れてこの女性は、一人で悩むようになり、意地悪で怒りっぽくなっていきました。 この義にかなった願いをなぜ神は叶えてくださらないのか、理解できませんでした。

この女性は小学校の教師をしていました。一日中子供達と一緒にいると、金色のチケットが現れないことを、まざまざと思い知らされるのでした。さらに年月がたつと益々落胆し内気になりました。

人は彼女に近寄らなくなり、できるだけ避けるようにします。 うっぷんを晴らすために学校で子供達に当たる事もありました。癇癪を起こすようになり、急にひどく怒ったかとおもうと、たまらなく寂しくなるのです。こんな事を繰り返していました。

この話しで残念なのは、金色のチケットが手に入らない事を嘆くあまり、目の前にある祝福に気付けなかった事です。

家庭を持つ事、家族を持つ事は出来ませんでしたが、教室では子供に囲まれていました。

神はごく少数の人にしか許されない機会を、彼女に与えておられました。教師として多くの子供と、家族の人生に良い影響を与えるという、機会です。

ここから学びとれる教訓は、途方もなく美しい薔薇を待ちわびて日々を送っていると、辺り一面に咲いている美しい すばらしい小さな「忘れな草」を見落としてしまう、ということです。

希望を捨てなさい、目標を低くしなさい、という事ではありません。 あらゆる義に叶った望みを捨ててはなりません。しかし、日々の何気ない瞬間に、訪れる小さな感動に対して、目をつぶったり、心を閉ざしたりしないでください。

最も幸福な人は、金色のチケットを見つける人ではなく、ふさわしい目標を目指しながらも、一瞬一瞬に価値と魅力を見出し、大切にする人です。

第4は、福音の「光」を忘れないでください

日々同じ事を繰り返していると、美しく繊細な忘れな草を、見落とすように、イエス・キリストの福音の非常に大切な側面を見落としてしまうことです。

イエス・キリストの福音は義務ではありません。この道を歩めば、この世では幸福と平安、来るべく世では栄光と言葉に尽くせないほどの、充足感が得られます。福音はこの世を貫く光であり、進むべき道を照らす光なのです。

第5に、神はあなたを愛しておられることを忘れないでください

子供の頃、忘れな草の小さな花を見ていると、自分が小さくて取るに足りない 忘れな草のように思えてくる事がありました。家族や、天の御父から忘れられてしまうのではないかと思ったのです。

でも、今はわかります。私が忘れられたことは一度もありません。また、あなたも一度も忘れられたことはありません。

女性の皆さん、皆さんがどこに居ようと、どのような状況であろうと、どんなに暗い人生に思えようと、自分がどれほど取るに足りない人間に思えようと、自分のことをどんなに影の薄い存在だと考えようと、天の御父(神)は、あなたを忘れてはおりません。御父はあなたを限りなく愛しておられます。

宇宙で最も偉大で、力と栄光に満ちた神なる御父が、あなたを御存じで覚えておられるのです。あなたの名前を知っておられるのです。女性の皆さんは神の王国の娘です。

神があなたを愛しておられるのは、あなたは神の子供だからです。あなたが時々孤独を感じても、間違ったことをしても、神はあなたを愛しておられます。

女性のみなさん、忘れな草の小さな花には、何か人を啓発する崇高なものがあります。この花が皆さんの人生を喜びと、楽しみで満たしてくれる小さな事柄の象徴となるよう願っています。


 







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新潟県出身  高校卒業まで新潟で過ごす。

「末日聖徒イエス・キリスト教会」会員。

教育者の家庭に生まれ育ち、7歳で母親を亡くし、後信仰深い祖母に育てられたが、10歳の時父が再婚し、その義母に姉妹差別で育てられた事に悩んだ。 大学を卒業した後、様々な人々と関わり 「人生とは何か」に、疑問を持っていたある日「末日聖徒イエス・キリスト教会」の宣教師に出会い、「救いの計画」について聞く事ができた。

そして人生の目的や人々との関わり等について、また人と神の関係について学んだ。

私と同じ疑問を持っている方、又人々との関係を良いものにしたいと思う時に、参考になればと思い聖典等を参考にして書いています