人生の目的を知り人間関係を学ぶ

人生の目的を知り、その目的に至るまでの生活や人々との関わり方について、学ぶ事が出来る。

人との関わり

人格は神が与えるのではなく自分の行動が決めるもの

投稿日:

ウェイン・s・ピーターソンの話し参照

一つの経験から学んだ教訓

数年前家族と共に休暇を過ごしていた時、一つの経験から大切な教訓を学びました。

ある土曜日に妻と私は、子供達をドライブに連れて行き、その後少し買い物をする事にしました。

ドライブをしている間に子供達が眠ってしまい、起こしたくなかったので私が車に残って、妻が急いで店に行くことになりました。

待ってる間に、私は前に止まっている車を見ました。その車には子供が何人か乗っていて、皆私を見ていました。そして私の目と、6,7歳の小さな男の子の目が合いました。

目が合った時、彼はすかさず私に向かって舌を出しました。しかし「私がそれに対して、しようとしている事は適切だろうか」と考えました。

私はその様に反応する前に、ある指導者から教わったある原則を思い出しました。

周囲の出来ごとに対する反応を変えることが、どれほど大切かを彼は教えたくれたのです。そこで私は、その小さな男の子に手をふりました。彼はまた舌をだしました。

私はにっこり笑って、また手をふりました。

今度は彼も手をふりました。 間もなく、しきりに手を振るその子に、弟と妹が加わりました。

それに応じて私は、腕が疲れるまで様々な方法で手を振りました。その後ハンドルに手を置いて休み、その子達の両親か私の妻が、早く戻って来ることを期待しながら、再び思いつく限りあらゆる独創的な方法で、手を振りつづけました。

やっと両親が戻ってきました。そして彼らが立ち去る時、私の出会った新しい友達たちは、姿が見えなくなるまで手をふりつづけました。

それはちょっとした経験でしたが、次のことを示していました。

すなわち、ほとんどの出会いでは、自分がどの様に反応するかで、どんな経験をするかを決めることが出来る。ということです。

私はこの幼い友人の子供らしい振る舞いに、親しみを込めた方法で、応じるという選択ができたことに感謝しました。

そうすることで、私は自分の本能に従っていたら抱いたはずの、否定的な感情を回避できたのです。

黄金律を身につける

救い主 イエスはこう述べています。

『だから何事でも人からして欲しいと望む事は、人々にもその通りにしなさい。』(これを黄金律という)

すべての人々が、この「黄金律」を実践した時、世界に及ぼされる影響を想像してみてください。しかし、そうすることは人の性質に反しているように思えます。

 

変化の速い今日の世界では、人々が互いに侵略行動を取る傾向が増しているように思えます。

ある人々は、実際のあるいは想像上の屈辱行為に簡単に腹を立て、怒りを示します。

私達は皆、運転中の怒りや、そのほか粗野で無神経な行為を、自ら経験したり、そのような話しを聞いたことがあるでしょう。

不幸なことに、自分の家庭でこの様な行動を取って、家族に摩擦と緊張を招いている人々がいます。

ある状況においては、自分にされた行為に仕返しをするのは、当然なことに思われるかも知れません。しかし、そうしてはなりません。

とる態度が人格を形成します

私達が固める決意と、執る態度が最終的に人格を形成します。

チャールズ・A・ホールは、適切にも、そのプロセスを次の言葉で述べています。

『思いを蒔いて行いを刈り取る。行いを蒔いて習慣を刈り取る。習慣を蒔いて人格を刈り取る。人格を蒔いて行く末を刈り取る。』

家庭での行為は非常に重要です。家庭は善くも悪くも人々の行動が最も影響を及ぼす場所です。時折私達は家庭ですっかりくつろいで、言葉に注意を払わないことがあります。礼儀を容易に忘れてしまっています。「親しき仲にも礼儀ありと言われます」

気をつけなければ、互いに非難し合ったり、平静を失ったり、自分本位の行動を取ったり、という習慣に陥ってしまいます。

伴侶や子供達は私達を愛しているので、すぐに許してくれるかも知れませんが、沈黙のうちに目に見えない傷と、言葉に表せない心痛を残すことがしばしばあります。

子供が両親を怖がったり、妻が夫を恐れたりする家庭があまりにも多くあります。父親は愛と義をもって、自分の家族を管理しなければなりません。

伴侶や子供を虐待する人々は、いつの日か神の御前に立って報告する事になります。

家庭の中に怒りや、争いがあるのを感じた時、何の力が生活を支配しているのか、またサタンは何をしようと努めているのか、早く気づかなければなりません。

ソロモンは次のような金言を述べています。

『柔らかい答えは憤りをとどめ、激しい言葉は怒りをひきおこす』

家庭は、理想的には一人ひとりが安全、安らぎ、愛、またしばしば世の中で出遭う厳しい批判と、争いからの守りを感じる避け所でなければなりません。

 

 







-人との関わり

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

謙遜という徳を受け入れ、高慢を克服する

目次1 日食とたとえ話し2 福音の眼鏡をかける3 ソーシャルメディヤ4 高 慢 日食とたとえ話し (ゲーリー・E・スティーブンソンの話参考) 2017年8月21日にアメリカで、「皆既日食」が起こり …

人生をいかに生きるかが重要です、その生き方とは

目次1 三人の姉妹の人生の生き方2 世の中のとらえかた3 人生は選びによって決まります4 まとめ 三人の姉妹の人生の生き方 (ディーター・F・ウークトドルフの話から参照) 昔、ある国に三人の姉妹が …

人を赦すのは何回までか、イエスは7たびの70倍迄と言われた

目次1 成功とは失敗をくりかえすこと2 失敗を恐れず失敗から学ぶ3 何度過ちを繰り返せばよいのでしょうか4 悔い改めは人に必要なこと 成功とは失敗をくりかえすこと (リン・G・ロビンズの話し参照) …

人との関わりとはどういう事か、何故必要か、又その関わり方

目次1 人には人生の欲望があります2 この世での人との関わり方3 奉仕は人の徳性です4 まとめ 人には人生の欲望があります 多くの人は、「固く信じられるもの、永遠に無くならないもの」を探し求めて生きて …

奉仕とは、自分を顧みず人に焦点を当てることです。

目次1 キリストのような真の奉仕とは2 鏡をすて、窓を通して見る3 神のために務める4 奉仕するために自問する キリストのような真の奉仕とは (チェリル・A・エスプリンの話し参照) 『わたしがあなた …

ようこそ 私は管理人の齋藤正子です。

新潟県出身  高校卒業まで新潟で過ごす。

「末日聖徒イエス・キリスト教会」会員。

教育者の家庭に生まれ育ち、7歳で母親を亡くし、後信仰深い祖母に育てられたが、10歳の時父が再婚し、その義母に姉妹差別で育てられた事に悩んだ。 大学を卒業した後、様々な人々と関わり 「人生とは何か」に、疑問を持っていたある日「末日聖徒イエス・キリスト教会」の宣教師に出会い、「救いの計画」について聞く事ができた。

そして人生の目的や人々との関わり等について、また人と神の関係について学んだ。

私と同じ疑問を持っている方、又人々との関係を良いものにしたいと思う時に、参考になればと思い聖典等を参考にして書いています