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真理とは何か

クリスマスの真の本質について

投稿日:2019年12月23日 更新日:

ゴードン・B・ヒンクレーのお話参照

イエス・キリストに比べられる人生の人はいません

クリスマスは、何とすばらしい時期でしょうか、一年の内でほかの時期には感じられないほどの、多くの愛が世に満ちます。そして、ほぼ3世紀の間、人々が歌い続けて来た「もろびとこぞりて」の歌を、私も皆さんも歌ってきました。

ベツレヘムでの天使達の歌声で始まり、ゴルゴタの悲惨な十字架上で、終わった歴史上の事実は、驚嘆すべきものです。

イエス・キリストの生涯に比べられる人生は他にありません。

イエスは地上を歩んだ ただ一人の完全な御方、卓越の典型、完全無二の模範であられました。

すべての事柄をかんがみ、すべての歴史を調べ、人の心の最も深い所を探ってみると、神の御子 又は御父の王家の王子、かつてエホバと呼ばれた御方、身を低くしてベツレヘムで生まれた みどり子として、地上に来られた御方が、屈辱と苦痛の中で ご自分の命をささげられた、この恵みの行為以上にすばらしく荘厳で偉大なものはありません。

このお方はその行為によって、あらゆる時代の神の子供達(人々)の全員、すなわち 必ず死ななければならないすべての人が、再び復活し永遠に生きられるようにされたのです。

御子(イエス・キリスト)は私達が誰も自分で行えないことを、私達のために行ってくださったのです。

ここで短い話しを紹介したいと思います。これは一種のたとえです。作者は分りません。でも子供だけじゃなく、誰にも覚えてほしい話しです。

短い一種のたとえばなし

何年もまえのこと、バージニアの山あいに、教室が一つしかない学校がありました。男の子達はとても乱暴で、その子供達を制することができる先生はいませんでした。

一人の若い、経験の浅い先生が赴任してきました。すると、年取った校長先生は彼を見つめてこう言いました。 「先生ご存じでしょうが、ひどい仕打ちを受けることになりますよ、これまで何年もの間、すべての先生がやられてきたのです。」 「覚悟しています。」と若い先生はこたえました。

最初の登校日になり、その先生が学校にやってきました。すると、体の大きいトムという名前の子が小声で言いました。「誰の助けもいらないぞ、おれ一人でやっつけられるから。」

教室に入り、先生は言いました。「みなさん おはよう。ここは学校です」

生徒達は歓声をあげ、大声ではしゃぎます。

「ところで私は、この学校を良い学校にしたいと思いますが、実のところ皆の助けがないと どうすればよいのか私には分りません。少しばかりの規則を作りたいと思います。皆さんが言ってくれれば、私がそれを黒板に書きます。」

一人が叫びました、「盗んではいけない」 別の一人が叫びました、「時間を守る」  こうして、黒板に10の規則が並びました。

先生はいいました。「さて、法律は罰が伴わなければ役にたちません。規則を破る人にはどうしましょうか。」

「上着を脱がせて、背中を10回 鞭で叩く」 生徒達からこのような言葉が返ってきました。

「皆さん、それはかなり厳しいですね、皆さんにそれを受ける準備はできていますか?」 すると別の一人が叫びました。 「僕は賛成です。」

そこで先生はいいました、「いいでしょう、この規則をまもりましょう。皆さん頑張ってください。」

二、三日たったころ、大きなトムは自分の弁当が、盗まれている事にきずきました。 そして盗んだ者が明らかになりました。10歳位の体の小さな、お腹をすかせたジムという生徒でした。

「盗んだ者はわかりました、背中を10回鞭で叩くという規則に従って、彼を罰しなければなりません。「ジムここに来なさい」 先生はいいました。

その身体の小さな生徒は、首までボタンを留めた大きな上着を着ていました。彼は震えながら、ゆっくりとやってきて嘆願しました。「先生好きなだけ強く叩いてもいいですから、どうか上着は脱がせないでください。」

先生は言いました。「上着を脱ぎなさい、君も規則を作る手伝いをしたんだから。」「先生、それは勘弁してください。」

やがて、その生徒がボタンをはずし始めたとき、先生は何を見たでしょうか。その生徒は下着を着ておらず、体は痩せていて少し障害がありました。

先生は考えました。「どうしてこの子を鞭で打てるだろう、でも、この学校を守るために、私は何かをしなければならない。」 教室は重々しい沈黙に包まれました。

「どうして下着を着ていないんだい、ジム?」

生徒は答えました。「お父さんが死んで、お母さんはとても貧乏なんです。下着は一枚しかなくて、今日はお母さんがそれを洗っているんです。それで、寒くないようにお兄さんの上着をきてきました。」

鞭を手にした先生は躊躇しました。 するとその時、大きなトムが立上がっていいました。「先生 よかったら、ぼくがジムの代わりに打たれます。」

「いいだろう、他の者が身代わりになれる、という法律もある。皆は賛成かい。」

トムは上着を脱ぎました。そして先生は彼を5回鞭打ったところで、両手で頭を抱えこみました。「こんなむごいことを最後迄出来るだろうか」 クラスの生徒たちのすすり泣く声が聞えました。

そのとき、先生は何を見たでしょうか。

小さなジムがきて、トムに抱きついたのです。「トム、君のお弁当を盗んでごめんね、ぼく、とてもお腹がすいていたんだ。 トム、ぼくは死ぬまでずっと、君のことが大好きだよ、ぼくの代わりに鞭を受けてくれた君のことが、そうさ、永遠に君が大好きだよ。」

 

この短い話しに出て来た言葉のように、わたし達の贖い主イエスは、私達の代わりに鞭を受けてくださいました。

預言者イザヤは宣言しました。「まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。彼はわれわれの咎の為に傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼は自ら懲らしめを受けて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によってわれわれは癒されたのだ。」

クリスマスのすばらしい本当の話

クリスマスの素晴らしい本当の話しはつぎのとおりです。

前書きは、ユダヤのベツレヘムでのイエスの降誕で、プロローグは、イエスの3年間の教導の業です。そしてこの話しの重要な本文は、イエスの犠牲、すなわち私達全人類の罪を贖うために、カルバリの十字架上で苦しみを受けて、全く無私の気持ちで、亡くなられた行為にあります。結びは復活の奇跡です。

復活祭がなければクリスマスもありません。ゲッセマネとカルバリで、贖いの業を行われたキリストがおられず、勝利の復活の出来事がなければ、ベツレヘムのみどり子イエスは、ほかの赤ん坊と何も変わらなかったでしょう。

かつて地上を歩んだ人で、これほどの偉大な御方はおられません。

イエス・キリストは、世の救い主であり、贖い主です。わたしは曖昧さも妥協もなく、この御方が神から遣わされた御方である事を宣言します。

この御方が世に来てくださったので、このクリスマスの時期に私達の喜びがあります。

この御方から来る平安、私達一人一人が感じるこの御方の無限の愛、この御方が大きな代価を払って、私達に無料で与えてくださったものに対する感謝の念。 これがクリスマスの真の本質なのです。







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ようこそ 私は管理人の齋藤正子です。

新潟県出身  高校卒業まで新潟で過ごす。

「末日聖徒イエス・キリスト教会」会員。

教育者の家庭に生まれ育ち、7歳で母親を亡くし、後信仰深い祖母に育てられたが、10歳の時父が再婚し、その義母に姉妹差別で育てられた事に悩んだ。 大学を卒業した後、様々な人々と関わり 「人生とは何か」に、疑問を持っていたある日「末日聖徒イエス・キリスト教会」の宣教師に出会い、「救いの計画」について聞く事ができた。

そして人生の目的や人々との関わり等について、また人と神の関係について学んだ。

私と同じ疑問を持っている方、又人々との関係を良いものにしたいと思う時に、参考になればと思い聖典等を参考にして書いています